今年も好天に恵まれ、皆様のあたたかいご協力のお陰で、無事第7回「わすれない3.11」を終えることが出来ました事、心より感謝申し上げます。

3月10日の講演会、3月11日の復興広場、二日間の事が走馬灯のように感じます。

 会場には本当に沢山のご来場者があり大変うれしく、皆様のお力添えと改めてお礼を申します。

ありがとうございました。

7年前、震災が起きた同じ日にこの度のイベントは行われた為か、例年にも増して会場があたたかさに包まれていたように感じました。これもひとえに参加者の皆様の優しいお心のお陰だと思います。

いつもいつもご支援ご協力誠にありがとうございます。

来年も続く予定です。これからもずーっと宜しくお願いします。

第一弾

3月10日(土)13:00~16:00

≪ 7年目の今 「被災地をもっと知ろう」 まだ語られていない課題、知られていない話がある ≫

開催場所:横浜市歴史博物館 研修室

講師:閖上中学遺族会代表 丹野 祐子氏 「東日本大震災が教えてくれたもの」

浪江農業委員 中野 弘寿氏 「原発被災者の新たなたたかい」

応援参加:かなりあ少年少女合唱団(30名)オープニングコーラス

参加総数 122名(含む被災地参加者(8名)+スタッフ(9名))

会場準備:12時00分から・机・椅子・荷物置き場・12時30分から受付開始。

内容:13時00分より中西氏司会.エントランスにて「かなりあ少年少女合唱団」によるオープニングコーラスにて開始。6回連続で参加し一杯の応援をしてくれています。

終了後場所を講堂へ移して

 

第1部 講演会

 1.「東日本大震災が教えてくれたもの」 丹野 祐子氏

 大事な日の前日に宮城県名取市閖上からはるばる横浜市都筑区へを選んで来て下さった丹野さんの話は、閖上が今では全国区になり、閖上の字はパソコンでも容易に変換できる様になり、これも震災が残したものであると。

 7年前の3月11日は中3のお嬢さんの卒業式、謝恩会の会場で激しい揺れに怯えながらも、津波警報が出ても誰も津波が来るとは考えません。年長者も「閖上には津波なんか来ない、来たことない」と口をそろえ、丹野さんも津波を想定もしなかった。

 ところが、1時間9分後9mの真っ黒い水が突然襲ってくる。あっという間に町は消え、約5000人が住んでいた閖上は750人の死者(その中には丹野さんの義父母、長男も含む)38人がいまだに不明、中1の公太君にもグランドにいる姿を見ながらも 「逃げろ」 と声を掛けなかった。

 ずーと自分を責め続け後悔しています、との事。そんな辛い経験から、当たり前の生活が当たり前ではない事、命の大切さ、人の繋がりの大切さを学びましたと、公太君の遺骨を入れたペンダントをふれながらお話をして下さいました。

 会場には多くの涙をぬぐう姿がありました。14名の閖上中学の犠牲者のために自ら遺族会を立ち上げ、閖上に間違いなくいた事の証のために慰霊碑を作り、津波復興資料館「閖上の記憶」で語り部として、これからも全国を走り回るつもりと明るく話された。

 

 その明るさに少し救われた気がした。

 

 2.「原発被災者の新たなたたかい」 中野 弘寿氏

 福島第一原発から11キロの所に自宅がある。避難生活を余儀なくされ、自宅は震災当時のまま手つかずである。いのししに荒らされ放題である。

 そんなところでお米を作ってとの自治会からの指示。こんなところで作って大丈夫なの?との思いから自分で線量を測定。5センチ除染をし、盛り土をし、安全のはずが、10センチ15センチと調べると途方もない数値が。特にセシューム、カドミウムは貴金属であり、年数と共に下へ下へと蓄積されていく。上だけの除染や空間線量を測って安全とは言えない。盛り土のために東京から運ばれた土も20ベクレルあった。

 福島だから危険、他の地域は安全という事はない。福島は全ての物は計ってから出荷している。他はしていない。正しい情報を得て欲しいと正直に実態をお話しされました。

 使えなくなってだれも住めない土地を国が国定公園にしてもらえないかとも訴えておられた。コスモス、苔、オリーブを植え実験栽培をしながら再生を誓う姿、お国訛りが混じった話しぶりにとても親しみ易さを感じました。

 

第2部交流会 :いっぱい聞いていっぱい話そう

 今年は被災地からのゲストも一般客と同じように座席の中にバラバラに座って、どこにいるかはわからない状況。

 講演内容の質問や被災された方の現状のお話し等、時間が足りないくらいであった。

 閉会の挨拶:宮田(副代表)明日センター北広場での再会を約束し終了となる。

第二弾

3月11日(日)11:00~15:00

≪ あったか復興広場 ≫

開催場所:センター北広場 公園

出店参加:25団体・個人

パフォーマンス参加:12団体・個人

ボランティア協力者:79名

来場者 約1000人

義援金総額:577,999円 13箇所へ配布

 

 天気は晴れ。8時30分から会場準備を始める。

合わせて37の個人・団体参加。当日ボランティアとして79名の参加者(被災地参加含む)

定刻開始

 11時00分、司会河西さんの開会宣言後NPO法人結ぶ代表図子挨拶。

和太鼓の響きとともに順調にスタート。手作り販売コーナー ・ 体験コーナー ・ 復興支援ブース ・ お手紙プロジェクト ・ パネルコーナーには協賛金提供者も張り出され、多くの協力者が会を支えている事がよくわかる。

 11グループのパフォーマンスと2回の餅つきが行われ、大いに盛り上がり楽しい時間となった。

各コーナーでは工夫を凝らした仕掛けで、例年以上の集客に大いに盛り上がり、来客も楽しみ、喜んで参加していた。

 NPO法人結ぶは、門外不出の「浪江焼きそば」を提供。長蛇の列ができ 300食が13:30分には完売。相馬からの「どんこ肝汁」「蒸しズワイガニ」も完売、大人気であった。

相馬コーナーには13時から NHKラジオ中継が入り、インタビューを受ける姿も見受けられた。

 14時~15時までの1時間を「東北へ想いを届ける時間」とし、ギターの弾き語り、フラチームのダンス、「夢のつづき」を作った広井さんの歌の宅配便、7年前震災が起きた午後2時46分には会場参加者全員による黙祷、荏田南小学校特別合唱部による「花は咲く」他数曲最後の「ふるさと」は会場全員で合唱。

 わすれない3.11のメッセージと共にフィナーレ。天候も私達に味方して、事故もなく無事終了。

都筑区から「わすれない」、「応援しているよ」、という想いを伝える事が出来た。

 当日会場に80名近くのボランティアさんが駆けつけてくれた事は、目的の一つである地域のつながり、絆作りに貢献できた嬉しさと共に、来年度へ向けて大きな希望が見えてきた。

 被災地の皆様をお呼びするために35余のご協賛を頂いた団体・個人の皆様、又会場に参加して下さった団体・個人・ボランティア参加の皆様、本当に有難うございました。

 あたたかい心が詰まったイベントが、又来年も開催できますように!!

 

 来年は3月 9日10日を予定しています。又お会いしましょう。

 ありがとうございました!!

                     文責  図子 俊子

 

3月16日(金)13:00~17:00

≪ 第7回 「わすれない3.11」 ボランティア・出店・パフォマンス参加協力者の感謝の会開催 ≫

 皆様のご協力のお陰で、無事終了できました事、改めて感謝すると共に、嬉しさと感動で胸がいっぱいです。ありがとうございました。

今回は開催日が3月11日と言うこともあったのか、来客数も例年以上、募金箱も3倍以上と驚くばかりです。7年が経過してもなお皆様の関心が深いことに、少し戸惑ったり、それだけ大事な事なんだと肝に銘じたり。

本日参加者から寄せられた事として :

 *音響が後ろまで届かない事で、スピーカーを数ヶ所置いたらどうか?

 *閉会の挨拶は子供たちの前でもよいのではないか。

 *焼きそばなどは福島から来ている人が作っている、浪江の現状等の情報があるとよかった。

 *舞台の前の椅子はよかった。

 *人出も多かったし、皆さんの関心がたかかった。

 *年々よくなりますね。

 *被災地から参加された方は、7年間も遠い横浜で続けて下さっている事に感謝です。

 との事など、多くの振り返りが出来ました。

 来年度に向けて今回のご意見等参考に皆様と一緒に楽しいイベントを作り上げていきたいと思います。

 今後ともご支援ご協力よろしくお願いします。

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